Y's note

アダルトチルドレン×強度HSPの引きこもり体質の生きづらさ解消日記

非二元ノンデュアリティにハマっていたのに、星占いにハマった!でも結局「私」が遠くなっていった話

ノンデュアリティにどっぷりハマってからというもの、スピリチュアル系にはめっきり興味がなくなっていた私だったのに、最近、星占いなんぞに興味津々なのである。でも、気づきがあったので書き残す。

 

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目次

 

YouTubeで突然オススメされた星占い

2026年2月頃、YouTubeのおすすめに突然、占星術の動画が大量に出てきた。サムネに「牡羊座」うんぬんと書いてある。

私は太陽牡羊座だ。ちょっとだけ、目が止まる。まあ、占いだしと思って無視した。でも見るたび見るたびに、視界に入ってくる。根負けして、ポチッとしてしまった。

 

よくよく「土星と海王星のコンジャンクション」というもの。320年ぶりに、牡羊座の0度、占星術でいう「始まりの場所」で起きた大きな節目。いかにも西洋占星術界隈がざわつく話題。サムネイルも皆、びっくり仰天!に仕上がっている。

 

そもそも西洋占星術は、一番信じていない占いの一つだった。昔は人並みに本だったりの特集を見てはいたが、太陽牡羊座も月蟹座も、どちらもしっくりこなかったから。だから占いなんて、当たるも八卦当たらぬも八卦程度にしか思っていなかった。

 

月の欠損理論との出合い

それが変わったのは、コンジャンクションの動画を見ていたら、関連動画でマドモアゼル愛氏の動画が現れたときだった。『月の欠損理論』なるものを提唱していた(そのとき「マドモアゼル愛」って男性だったのかと初めて知った)。

 

月星座の性質は「得意なはず」とされているが、欠損理論では、それは7歳レベルの能力しかなく縁がないもの、なのに追い求めてしまうもの、らしい。

で、その幻想を打ち破るには、月の能力はないものと割り切り、太陽星座か月星座の正反対の星座を活用せよ、みたいなことらしい。

 

聞いた瞬間、「あ、これだ」と思った。

 

はじめはショックだった。今まで得意なはずだと信じて頑張ってきた人間関係。でも、7歳児の知能でやってた感じはある。母性とは程遠く、また身内からも適切な母性を与えてもらえた記憶もない。

また最近では、人の気持ちがまるっきりわからないし、わかりたいとも思わないと、実は思っていたことに気づいてしまった。本当に人手無しな私。だから、もう、その理論に降参するしかなかった。

 

 

すっかり星占いにどハマり

そこからネイタルチャートを読んでAIに鑑定してもらった。

自分の性質、過去の家庭環境、学生時代の生きづらさ、人生の転機。その時期もピンポイントで指し示されていた。

その後も西洋占星術系YouTubeを見てみると、生年月日、生まれた時間、出生地、が正確にわかれば、自分の設計図、人生の羅針盤として使えるらしい。

 

幸いにも、生まれた時間を把握していたので精度の高い鑑定ができ、人生の棚卸しをする機会がもたらされた。

どうやら私は、家族とか、そういう無条件に人とつながれるという、人間の多くの人が持ってるであろうプラチナチケットを元々持ち合わせていないらしいのだ。

そして、牡羊座的に自分本位に、山羊座的に淡々と同じ価値観・目標という割り切った関係でつながるのが良いらしい。

 

なんだそれで良かったのかーー

 

やはり寂しさもあるけど、

それ以上に心の荷物が降ろされた感じがした。

 

未来のことも見てみた。

ここまで過去の出来事が当てはまるのだったら、未来の予測もできるのでは?と。

しかし、こればかりはどうなるかわからない。

「地獄に堕ちるわよ」と言われて本当に堕ちた人はどれくらいいるだろう?

人生の羅針盤として機能するのか、今年の年末にでも振り返ってみるとする。

 

非二元ノンデュアリティ探求で私を知る

非二元ノンデュアリティを学び実践を続けていくと、不思議なことに「私」について理解が深まると同時に「私」が、遠くなっていく。

噂には聞いていたけど本当にそうなってきた。

 

だんだん自分と距離ができる感じ。

私の場合は、一瞥体験のようなものはなく、スピ時代と同じように玉ねぎの皮を剥くように、少しずつ確実にという感じ。

 

それって怖いことなのかな?寂しいことなのかな?と思っていたけど、そんなことはなかった。かと言って、嬉しいわけでもない。至って淡々としている。

 

「私はいない」とか、相変わらず理解できないし、自動思考も消えないけど、そういう概念はどうでも良いと思えてきた。

最近は非二元・悟り系のYouTubeすら見なくなる。本当に暇な時間が増えきた。

最初はそれに耐えられなかったけど、勇気出してぼんやりしてみると、案外悪くないもんだ。でも、やはりすぐ居心地悪くてどうでもいいYouTubeとか見てしまう。それもつまらないときは、エックハルト・トールのインナーボディの瞑想で体に意識を向けてひたすら観察することにしている。

 

そしたら、今までへばりついていたアダルトチルドレン的思考が剥がれ落ちてきた。

 

もっと気楽に生きていいんだ。

我儘に生きていいんだ。

それが許される環境に身を置いてもいいんだ。

 

無力感、無価値観はただ毒親に植え付けられただけ。

あいつのように逃げていい。合わないから逃げるのは当然の行動だったんだ。幼少期あたりにも更年期と思春期の凄惨なプロレスを見せつけられたから反面教師にしてしまっただけだった。

 

それだけのことなのに、自分を縄で括り付けてしまったいた。

 

そばにいなければいけない、そうでしかないなんて、そんなん呪いでしかないんだ。

 

長年の呪いが、どんどん解かれていく。

同時に「私」がだんだん遠くなっていく。

 

流れは数年前よりも、確実に速くなっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

私とワタシが仲直りするために実践したこと ⑥エレベーター呼吸

久々の更新。

 

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あれから今日まで、もう非二元の世界に浸かったまま。もう自己探究の果てまで来てしまったかな、という感じ。

もうこのブログを更新することもないのかなと思ったが、ふと、分析ページを開いたところ、過去に書いた「スワイショウ」に関する記事がよく読まれていると判明。

 

ppopy.hatenablog.com

 

ずっとフラワーエッセンスの記事を読まれていたのに、どうしたのだろうか??

 

 

スワイショウという言葉、ネドじゅんさんの「三脳バランス研究所(以後、三脳研)」の研究員だった頃に聞いたなぁ〜と思い出したので、

ついでに三脳研の研究員だった頃を振り返ろうと思う。

 

 

目次

ネドじゅんさんとの出合い

年末、心理療法で過去の感情の掘り起こしに勤しんでいた頃。休み期間で先生とのセッションがない時期に、ちょうどメンタルがガタ落ちしてどうしようもなくなってしまった。

そんなとき、マインドフルネス瞑想をして回復したことで、心のケアより呼吸が大事かも!?と思い始めたのが小さなきっかけ。

 

YouTubeで呼吸系についての動画を見まくっていたら、じゅんさんのチャンネルに出会った。

「自動思考――頭の中で自分を罵るあの声さえ静まれば、苦しみのない理想的な人生が待っている!」そう信じて鼻息荒く三脳研の扉を叩いた。

 

いざ、三脳研!しかし…

しかし、入ってみたものの、エレベーター呼吸の要領がなかなか掴めず、ウェビナーを視聴するだけで「やっている気になる」のがせいぜいだった。

 

背骨をなぞる台はどんなもの?

息を吐く時に台を上げる?下がる?

 

集中できない、思考が湧いてしまう。

回数がこなせない。苦行でしかない。

 

エレ呼ビギナーあるあるの罠にまんまと引っかかった。

 

そんなぐだぐだな研究員生活を続けて数ヶ月後のウェビナー。

 

自動思考が止まる目安は1万回

苦しさを感じている人ほど一所懸命に取り組み、効果を感じています!

 

なんか、ネドじゅんの声がいつも以上に力が入っているように思えて、急にやる気に火がついた。

 

毎日、とにかく寝る前に時間をとって、10回はやる!!

 

そう決めて、やり始めた。

やっぱり最初は集中できない、うまくできない、という思考が湧きまくる。

そんな時は、他のメソッドで紛らわす。環境音に耳をすましてみたり、マインドフルネス瞑想をしてみたり。

 

すると、だんだんエレ呼が楽しく感じるようになった。

 

三脳研を離れた今でも、気が向いたらエレ呼をしている。

 

そう。

エレ呼のコツは

 

 

 

 

つべこべ言わずやる!とにかくやる!やる!

 

 

 

上手くできない?思考湧く?そんなん関係ねぇ!上手くできなくても、思考が湧いても、とにかくやるんだ!

 

っていうことを、室長が手を変え品を変え、たぶん今日も言ってくれている。

それは気休めではなく、挫折しないための逃げ道を作ってくれているわけでもなく、ただ事実を述べているだけなのだ。

 

あくまでも自律神経、迷走神経を意識するのがポイントであり、ネドじゅんさんの言う通りそっくりそのままである必要はない。

 

下手なりにがむしゃらにやっていくうちに、だんだん自分にとっての心地よい呼吸の深さ、ペースがつかめてくる。体の中をすべらせる台もお気に入りのものができてきたり、バリエーションが増えたり。

 

そうやって、誰のものでもない、自分なりのエレ呼ができあがってくると、いつぞやな苦しみはどこへやら。格段に楽しく、心地よい時間に変わる。

 

 

結果…

エレ呼は楽しくなったし、1ヶ月で10万回はやった。

 

でも、自動思考が消えることはなかった。

 

今も自動思考は続いている。

一時はそんな現実にガッカリしたけれど、でも今は、それでいいと思えている。

 

左脳さんも自動思考も悪者ではない。

 

 

スピ界隈が好きだった時、1日で人生が変わる魔法があるって、そんな馬鹿なと口ではいいつつも、腹の底では信じてたんだよね。

 

でも、そんなものは、ない。

 

 

生きづらさ、苦しさを変えたいと、様々な心理療法やスピリチュアルセラピーをしても、根本的な概念は変わらなかった。

 

かかった時間お金…

 

相当認めたくなかったけど、もう諦めた。

 

この人生の日常の、今この瞬間のこれをやるしかないのだ。

 

この気づきは、非二元的に過ごす日々に通じている。

 

エレ呼に取り組んだ結果、自動思考が止まる以上の収穫を得られたのだった。

 

 

 

変容のフラワーエッセンス③ニジャラ2〜ヒーリングへの疑問〜

前回の続き

 

 

ppopy.hatenablog.com

 

それまでは暇さえあれば母親からのされたことが思い出されては激しい憎悪に襲われ、心身共に自滅し「こんなに私が苦しんでいるのは母親が・・!!!」と無限ループを繰り返していた。

 

「ニジャラ」飲用時

毒親からの虐待の記憶→現在の私の感覚感情の苦しさ」という結びつきが突如切れた。

苦しみや感覚感情は残っているし、母親との過去の出来事を思い出しはするが、だいぶ距離が空いた感じになった。

 

今回はグラガからなかなか良い効果を感じている。続けて「ニジャラ2」を飲むことにした。

 

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目次

 

 

ヒーリングは自己否定

前回記事で感情を吐き出す心理療法のワークを卒業したと書いた。やっぱりシータヒーリングはいいなぁ。万能だわ〜!と浮気せずにヒーラーに本格的になるべく心を改めた。

 

なんて思ったのも束の間。

 

またどこからともなく声が聞こえてきた。

「で、ヒーリングはいつまで?どこまでやるの?」

 

そもそも、感情吐き出しワークの心理療法は、スピリチュアル系のヒーリングをしてもイマイチよくならなかったからだったし。

 

セルフワークがうまく行った時は1半日ほわほわした感覚が続く。個人セッションや練習会のときはスッキリほわほわ〜な感じで終わり、3日間はよい感じで過ごす。でもその後はまあいつもの重苦しい日常に戻って、また練習会に出て・・というループ。

 

改めて書くと中毒状態になっていたなと気づく。

 

そして、もう1つ気づいたのが

「こんな自分になりたい」

「あんなモノ・状況を引き寄せたい」

「苦しみの中の私から私を救出したい」

というよかれと思って願っていたものは、

よりよい未来を願う=今の自分を否定している

ということ。

心理療法の時では自分の過去の否定をしていたことに続き、なんとヒーリングで今の自分を全否定してたなんて。

 

散々な目にあってきた私を癒す、私の力でよりよい未来に変える、潜在意識を書き換える、それは私にとって良いことなのだと当たり前のように信じて疑わなかったけど、

こんな私ではダメだ、こんな私では不幸だ、

過去を克服しなければならない、

 

スピリチュアルやヒーリングで過去も今も未来も、全部否定していたなんて・・

 

 

ショックのあまり、またまた私の中の何かがボロボロと崩れ落ちた・・

 

 

 

究極のメッセージとの出合い

そこから、心理学的セラピーも心理療法もスピリチュアルも、全くやる気がなくなってしまい、絶望していた。

じゃあ、この苦しみを解消するにはどうしたらいいの?現状の私を肯定するなんて到底できやしない。じゃあ私は苦しむしかないの?苦しみに耐えきれず死ぬしかないの??

 

もがき苦しみ、いよいよ本当に死ぬ覚悟を決めようかという時にある言葉が目に入った。

 

 

「私はいない」の衝撃

今までもちらちらと見かけたことはあったが全く興味を持つことなくスルーしていた言葉。

 

それが不思議なことに、突如目に入り、激しく気になりだして、気の赴くままに関連した記事やYouTubeを漁り始めた。

「時間はない」

「この世は幻」

「感情に良いも悪いもない」

あたりは、スピ界隈でも言われていることだ。

 

「トラウマもない」アドラー心理学でそう言われていることは知っていたので、腑に落ちはしなかったし

 

「思考は私ではない」

は、少し前にエックハルトトールに興味を持ち、あぁ、そうだったら楽かもしれない、なんて思っていた。

 

でも

 

「私はいない」とは?

 

頭が?でいっぱいになった。

そしてショックはまだ続く。

 

「自由意志はない」

「すべては全自動」

「創造主はいない」

「魂はない」などなど

 

 

もう、これ、心理学、スピリチュアル、ヒーリングというか、この世界を全否定。

 

いやいや、心臓当たりに心がありそうな気もするし脳みそらへんに実際心らしき神経回路があるのだろうし、何より体は私そのものをあらわしているではないか。何言ってるの???

 

潜在意識の「元祖一式さん」が解いていたので、そこらへんのことは初耳ではなかったが、万能と信じて疑わなかったシータヒーリングの世界観でそんなこと聞いたことなかったので、全く聞く耳持たずだったけど。

 

 

ノンデュアリティスピーカー達の「そんなこと信じてるの?笑」というような態度。

私の人生と努力を全否定されて、しかも笑われた!という思いが湧き、ハラワタが煮えくりかえるくらいの激しい怒りと悲しみが起きた。

 

今回もやっぱり「そんなわけない却下!!!」なんて思っていたけど

 

過去の不可解な心境の変化や出来事を経験したことを思い出し

 

「もしや・・」

 

その微かな気づきと共にまた私の中の何かが崩れ落ちた。

 

「ああ、これだ。私が求めていたものは」

 

私が長らく信じていたスピリチュアルの世界はぐんと色褪せた。

そして、非二元ノンデュアリティの探求の沼へと足を踏み入れ、今日に至る。

 

というわけで

 

グラガ・ニジャラ・ニジャラ2

ヒマラヤンエンハンサーズの変容3兄弟は、私にとてもとてもダイナミックな衝撃をもたらしたのだった。

 

 

ニジャラ2 商品説明

特にメンタル体のプログラミングを解く時に。私達の現実に対する認識の条件付けの層をはがし、内側にある真実の顔が表出できるよう手助けをしてくれます。
ハートセンターの中核にある空(くう)から働きかけることが出来る時、思考の光のかけらが決まった法則なしの動きで浮遊しながら状況に応じて再編成し、以前には想像もつかなかったかもしれないような方法で新しい状況に応えて行けるようになります。

(ネイチャーワールドさんHPより)

https://www.natureworld-shop.com/view/item/000000001753

 

 

 

変容のフラワーエッセンス②ニジャラ〜「毒母からのトラウマ」の終焉〜

前回記事の続き。

 

ppopy.hatenablog.com

 

 

グラガの次に飲むとよいというニジャラ。続けて飲もうという気が湧いたので、飲んでみた。

 

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目次

 

 

「効果なし」認めたけど

グラガを飲んでいた時に「セラピーに根治する効果ない」という気づき。

気づいたものの、とはいえ、自分の家族が機能不全であることを認めるのに10年、やっとそれを受け入れ、自分を癒そうと励んだ8年の時間と数百万のお金。自分なりに結構頑張ったと思う。そんなかけた時間やお金への執着。

どのセラピーの先生も「あなたは繊細で傷が多いから、まだまだ癒しが必要です」と。

 

確かにそうだ、そうなのだ。

 「効果なし」と思うのは私が癒されるのを潜在意識が邪魔しているだけだ。騙されないぞ。セラピー後は多幸感もあるし癒されている。だから「あともう少しで癒せる気がする!」

そんな期待感に任せ、セラピーを継続することにした。

 

 

やっぱりセラピー強制終了

感情を吐き出す心理療法のワークは、隔週でセッションを受けつつ、だいぶ自力でできるようになってきたので、感覚感情が湧いたタイミングでセルフワークに熱心に取り組んでいた。

 

トラウマに対してはヒーリングより吐き出した方が効果があるよう。うまくいったときの爽快感に酔い、「ほら、やっぱり。あと少しで状況は変わっていくはず。あと少し、あと少しだ・・!」とさらに期待感に胸を膨らませた。

 

今度こそ、待ち焦がれていた瞬間が訪れるはずだ・・!!

 

トンネルの向こう側が見えてきた気がしていた。

 

しかしある日、セルフセラピー中、急に辛さを感ることがあった。感情を吐き出せば吐き出すほどに辛いという感情が出て、ハートのあたりがズキズキする。

 

今回だけかな?と思い、日をあけてやってみたが、やはりハートがズキズキした。辛くて辛くて、逆に自分を傷つけているような感覚になった。

 

 

 

そして、私の中から声が聴こえてきた。

「今の私って、そんなに駄目??⤵︎⤵︎⤵︎」

その一言で一気に目が醒めた。

 

嫌な感情、それに付随した体感覚、思い出されるトラウマ・・

 

いちいち嫌な感情と正面から向き合うことは、私にとって負担が大きいということにやっと気づいた。

 

癒すと同時にトラウマや生きづらさを色濃くしていたということを。

 

 

大いなる勘違い

アダルトチルドレンを克服したい、トラウマを解消したい、生きづらい思考から解放されたい、こんな駄目な自分でも好きと思えるようになりたい、願望実現してロスした分の人生を取り返したい

 

そんな善かれと思ってしてきたことすべて、

私の今までの人生を否定していたのか・・!!!

 

そんな大いなる誤解に気づいた時、壁がボロボロと崩れるような感覚が襲った。

 

大いなる変容、そして

私にとって、セラピーは自己否定だった。

そう気づいたら、急な変容が起きた。

 

感情吐き出しセラピー、さようなら

感情吐き出しセラピー、先生とのセッションなら安全かな?と思い継続しようかなと思っていたところ、先生の方でシステムを変えるとの連絡がきた。

これは卒業のタイミングだ!と思い、そのままセッションを終了することにした。

同時にトラウマセラピーとして自分にヒーリングを施すのもやめることにした。

 

 

「幼少期に母親から受けたトラウマ」がなくなった

母親と急に和解したわけでも心の傷が癒された訳でもない。 心の傷が消えたというより、いちいち幼少期を引っ張り出して感覚感情と結びつかなくなった、というのが正確な表現。

 

それから何度か当時の嫌な思い出を引っ張りだしてみようとしたが、「ああ、そういうことがあったな」という気持ちしか湧かない。

「それが原因で今の私が苦しい」という考え方をしなくなり「ただ、今この瞬間の私が苦しい」に変わった。

 

今まで手放そうとも思っていなかったセラピー、そして、どんなに手放そうとしても手放せなかった母親がしてきた数々の災いが、急に解放されることとなった。

 

手放した時に願望実現すると言うけど、よく言ったものだ。

 

この流れをさらに継続したいという思いから、

ニジャラに続きニジャラ2を飲むことにした。

 

すると、セラピーに代わって、あるアイデアへたどりつくのだった。

 

次回へ続く。

 

商品説明

以下ネイチャーワールドさんHPより

ニジャラ

プログラミングを解く為のワークすべてに大変良いエッセンス。
条件付けられた考え方や行動パターンを変えようと意識的に意図した時、このエッセンスがもはやいらなくなった過去の刷込みを細胞から消し去ることを助けてくれます。変容をサポートします。

ネイチャーワールドさんのページへ飛びます

https://www.natureworld-shop.com/view/item/000000001752

 

 

 

 

 

混沌。

過去と結びつかなくなったこと

スピ離れ

非二元との出逢い

 

 

 

 

変容のフラワーエッセンス①グラガ〜終わりの始まり〜

フラワーエッセンスを嗜む人界隈では有名であろう、変容のエッセンス、グラガ。

飲むと否応なしに変容がおとずれるという。

部屋の掃除とか断捨離をしたくなるという口コミ多し。

以前、「変容」というワードに憧れを抱いていた私。当時、興味本位で飲んだが全く効果を実感できなかった。

 

あんなに強力だというのに効果がないなんて、ヒマラヤンと私の相性が悪いのか?とか思ったりして、しばらく興味が薄れていたが…

 

また1年半ほどで派遣の契約が終了してしまい、いよいよヒーリングのセッションを本格的に始めよう。その準備をさあ始めるぞという、まさに変容のタイミング。そこで突如このグラガエッセンスを思い出し、早速購入した。

 

今回は私にとってかなり大きな変容のキッカケとなった。自分の中ではかなり辛い経験となった。このレメディを飲用するタイミング次第とは思うが、覚悟は必要である。

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目次

 

ヨガにハマる

 この詳細は別記事に書いたが。

 

ppopy.hatenablog.com

 

実は、ヨガを1年前から始めていた。ヨガなんて、意識高い系おねーさんの戯れとしか思ってなかったのに…

会社勤めの時は休日に行く程度だったが、暇になったので毎日行くことにした。

すると、とにかく、全身を動かしたくて動かしたくてたまらなくなった。「私の身体を目一杯動かしたい!柔らかくしたい!」という衝動にかられた。子どもの頃、夏休みに外で友人達と遊んで、楽しくて帰りたくない!と思った時の「もっと遊びたい!」 のあの感覚。

その子どもの頃の当時より体が硬く器械体操は苦手だったので、「体が柔らかい私」に憧れつつも諦めてきっていたのでイメージすらしなかったのだ。それを思えば、これはなかなかの革命だ。

 

パンドラの箱があく・・

アダルトチルドレンで自己否定の鬼である自分。改善すべく、インナーチャイルドを癒すために心理やスピに傾倒してきた。向き合い出してもう8年くらい経つ。常に変わろうと、自分なりに努力してきた。ある程度癒されてはきて、私自身に認知の歪みがあることを認識できるくらいにはなった。でも・・母親への複雑な感情も現実もちっとも変わっていない。

 

ここで私の中から疑問が湧いてきた。

「結局、今まで受けたセラピーって効果あったの??」

「これ、いつまで続けるの?」

 

この質問がパンドラの箱を開ける鍵となった。

 

認めたくなかった現実

グラガを飲んでいたとき、ある心理療法を受けていた。体の中に溜まった感情を吐き出すという類のもの。ワーク後は確かに気分がスッキリして、効果はあると思っていた。

現実が変わると言われたが、残念ながら自分は変わらなかった。根本的な心の問題は解決しない。聞くと、まだまだたくさん溜まっているからまだまだ時間はかかるとのこと。

最初はそんなにたくさん溜まっているのだから、たくさんワークをするんだ!!と意気込んでいた。

しかしある日、どこからともなく、また、質問が私の中から声が聴こえてきたのだった。

「このゴールは何年後?どこ?」

そういえば、長年セラピーに没頭してきたが、セラピーを終わらせる目安について、具体的に考えたことがなかった。

「母親の姿を見ても心がざわつかなくなったら」

「心が軽くなったら」

「嬉しい!楽しい!感謝!満足!な毎日を過ごせるようになったら」

なんて、ある程度イメージはしていたけど・・

 

「ねぇ、いつまでセラピー続けるの??」

 

大声で私の中から声が聴こえてきた。

 

この調子だと一生続けることになるだろう。人間、生きている限り毎日思い込みを作っていく生き物らしいので、それもまあ、あながち間違いではないと思う。

でも今の質問はそういう屁理屈というか、一般的なことを問うているのではない。

 

もう、認めるしかない。触れたら不都合だから、触れないようにしていたこと。

 

根本的な生きづらさは何も改善されていなくて、苦しくて、生きるのが限界。

8年前のセラピーを始めた頃の私と何も変わっていなかったという現実。

 

 

その時、「セラピーを続けて改善されつつあるようにしている自分」がボロボロと崩れ始めた・・そして、本当に見たくない現実

 

20年前のアダルトチルドレンという言葉を知った時の私と何も変わっていない現実を認めるしかなかった。

 

グラガ、

この辺でグラガを飲み終えたので、グラガの次に飲むと良いとされているニジャラを飲むことにした。

 

 

 

商品紹介

Amazonでも取り扱われているというのなら、やっぱりメジャーなエッセンスなのだろう。

 

私と比較すると、みーんなお金も仕事も家族・友人もいて、なんだなんだ幸せそうに見える日本国民。そんなに変容したがってるのだろうか??

 



私とワタシが仲直りするために実践したこと ⑤ヨガ

実は1年前からヨガを始めていた。

ヨガなんて、ナイスバディな意識高い系おねーさんの戯れとしか思っていなかったのだが・・

 

もうずいぶん前に付き合いのあった人達がだいたいヨガをやっていて、特にホットヨガが良い良いと、皆口を揃えて言っていたこともあり気になってはいたのだ。

 

しかし、しかし、いかんせん私は体が非常に硬い。そのため、興味はありつつ重い腰を上げるまでには至らなかった。だが、なぜか、ある日突然通うことを決意。今日まで通い続けている。

 

特に効果があるよなないよな?だったので記事に残そうとは思っていなかったのだが、このたび諸事情により、ヤケになりほぼ毎日ヨガへ通っている。

ほぼ毎日通い始めて2ヶ月半。やっとヨガの良さが分かってきたので書き残す。

 

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まず、どこにする?

 

条件の優先順位としては

①とにかく通いやすい

②先生、スタッフとの相性

コスパ

 

結果、近所のカルドへ通うことにした。しかも溶岩浴というではないか。

 

ただ、契約2年縛りが派遣切りにあったら…と頭をよぎったが(恐れが実現しちゃったけどw)通うことにした。

なにせ体の中の何かが巡る感じがして心地が良いのだ。このチャンスを逃したらたぶん一生ご縁がない、そう判断した。

 

 

当初の通う頻度は会社休みの土日と、会社が早く上がれるプラス2日。身体が超絶硬いので、初心者クラスのみ。家で練習などとせず😅

 

 

始めてすぐ〜3か月くらい

とにかく冷え性で目肩腰の凝りが少しでも改善されれば…くらいのテンション。

最初〜3ヶ月くらいまでは好転反応なのか、仕事のストレスもあってか、とにかく体がだるくて重たくて、日中仕事をしていて眠たくて眠たくて仕方がなかった。

ポーズの種類もよく知らんし、硬くてついていけない。しかし、やはり、

ただ、体を動かした後、気持ちがいい。それだけ。」

本当に「それだけ」の理由で通った。

しかし、たかがそれだけ、されどそれだけ。

生理痛でちょっとモチベが下がる日もあったが、「あの気持ちの良さ」が勝り、最初のテンションのまま通えていた。

 

3ヵ月〜1年ちょい

顔色が良くなったと言われ始める。

体は相変わらず超硬いままだが、わずかばかり筋肉がついてきたように思う。仕事中、呼吸が虫の息、もしくは止まっていることに気づき、意識し始めた。

 

しかし、だんだん足が遠のきだした。

仕事の忙しさ、そして生理痛。

逆に行こうと思ったら休館日、などなどで地味にモチベを挫かれる。

1回休むと休み癖がついてそのままフェードアウトしてしまういつものパターンに陥り、月に2回くらいしか行かないときもあった。

夏越え秋を越え、冬を迎えたが冷え性はよくならないし…冷え性なのには筋肉のなさも原因?じゃあピラティスじゃね?とか浮気心が芽生えたりもした。

でも、なにせ、2年契約縛りもあるし、

それより、なにせ、なにせ、

「ただ、体を動かした後、気持ちがいい。それだけ。」

というあの感覚を体が忘れてなくて、辞めることを回避した。

 

あと、あのヨガウェアを着ることに気恥ずかしさを感じていて、ずっとTシャツ短パンレンタルウェアだったのをついに自前でヨガウェアに袖を通すことにしたら、モチベが戻ったというのもある。

 

ヨガウェアって、細い人専用と思い込み過ぎていたが、周りを見ると…実のところ、私と同じように、お肉がウェアにのっかってる人もざらにいるし、そもそも、誰が何を着ようが気にするそぶりをする人は1人もいない。

 

自意識過剰過ぎた・・

 

お気に入りの格好でヨガるのは、地味にテンション上がる。

 

 

1年ちょい〜1何半くらい(←イマココ)

そんなこんなで勤め先組織変更によりまたもや派遣切りにあい、無職になった。やけになり、ほぼ毎日通うことに。

 

平日昼間はどうやらフリータイムがあるらしい。通常より長く居られるので、今まで全くやってこなかった復習をしてみることにした。

 

この時間は休もうが何しようが自由。先生が言っていた説明を思い出しながら、自分のペースで納得がいくまで練習できる。

そこで、いつも先生の言う通り再現できているか、周りはできてるのに私は・・など自分以外のあちこちへ意識がいってしまっていたことに初めて気付かされた。

 

周りを気にせず、自分の体の硬さに合わせる方が、正しいアーサナを心がけるよりも効果があることにようやく納得して、実際のレッスン中も周りをあまり気にせず自分の今の体の硬さを受け入れることにした。

 

そしたらヨガが、というか、体を動かすことが本当に楽しいと思えるようになった。これは幼少期から体カチカチだった私にとってはかなり、かなりの革命である。

 

楽しいと思えててきたら

もっと上手くなりたい、もっと自分の体の可能性を見てみたいと思うようになった。めいっぱい私の体を動かしたい、体のポテンシャルを引き出したい・・!!!

そこで、ついに家で風呂上がりにストレッチをするようになった。

 

今までストレッチだけは絵に描いたような3日坊主やりすぎヤローだったのだが、1週間続き、2週間続き、生理痛でぶっ倒れてできない日をはさんで、また復活して・・現在も続けられている。おかげで、前屈で全く足先に届かなかった手が届くようになった。

 

子どもの頃、勢いをつけてギリできた程度だったが、勢いをつけなくても手が伸ばした足に届く。これは奇跡だ。

 

 

継続は力なり

とにかく無理なく続けることの大切さよ。そのための私なりのコツ。

 

①はじめたら、慣れるまである程度頻度高く、集中的にやる

0から始めるのであれば、やはりスタートダッシュは大切。効果があらわれやすく、モチベにつながりやすいからだ。

 

②やらない期間がちょっと長くなっても、続けていると認識する

これ本当に大切と思った。1日2日できない日があっても、いや、1ヶ月でも2ヶ月足が遠のいたとしても、またやり始めるのが肝心。また体が硬くなってしまったとしても、完全に辞めない限り、継続してるとみなす。

すると、また気まぐれに再開するときの重い腰がいくらか軽くなる。間が空いてしまったら、また0からやり直し、なんて思い込んでいたけど、1度やったものはたとえ長期間やらなかったとしても0ではない。体はちゃんと覚えてくれているものなのだ。

 

③自分のペースを大切にする

当然のことながら、自分の体は自分のもの。他人の体は他人のもの。比較するものではないし、劣っていると感じて無理に他人と歩幅を合わせてはいけない。あくまでも、今この自分の状態を尊重すること。

体を柔らかくしたくて、レッスンについていきたくて、なんとなく隣の上手い人に気を取られて無理な動きをしてもあまり効果がないし、なにせ自分を否定することになるので、余計に体が縮こまってしまい逆効果。

何のためにしているのか、何を目指しているのか、誰のためなのか、よく考える。

 

 

・・とまあ、ヨガをやることで体の声を聞き、今まで以上に自分の心と向き合うことができるようになって「仲直り」が実感できたよ、という話し。

 

 

 

 

 

 

ワタシと仲直りするための基本のキ〜私とワタシが仲直りするために実践したこと〜

久々の投稿

 

今まで「〜私とワタシが仲直りするために実践したこと〜」とかいって、シリーズで、自分と仲良くする方法を書いていたが

 

そもそも

 

人と深い溝ができてしまい、関係を修復したいと思った場合

 

プレゼントを贈ってハイ仲直りなんて、そんな都合のいい話あるだろうか?

人生を変える程の相当な深い傷を負わされた相手からの贈り物を、素直に受け取れるだろうか?

 

 

少なからず私は、到底受け取りたいとは思えない。

 

受け取る=赦し=再交流

 

と認定されて、また以前と同じスタンスで接されたらたまったもんじゃない。

 

まさに母親や姉からされて、軽蔑と憎悪していた。

 

幼少期の私に対してしてきた虐待の数々

大人になったのだからと勝手に水を流され、何事もなかったかのように接してくる。

加害者は自分のしたことを覚えてないというが、まさにそういうことなのだろう。

私は彼女らが私と普通に接触するにはまず、過去を悔やみ、反省し、心から私に謝罪してからの話ではないかと思っている。本当に赦し難い存在。

 

 

でも現実は自分の内面の投影。

 

 

そうなのだ。

 

 

 

認めたくなかったけど

 

 

 

あいつらと同じのずっとやってたんだ。

 

 

 

私がワタシに…

 

 

 

今までの私とワタシが仲直りするシリーズは、私がワタシを大切にしてこなかった過去を踏み倒して、なんか良い感じのことやってみていただけなのだよな、と。

 

 

自分を大切にしないことが、他人を優先することが私に安心と安全をもたらす手段であり、むしろ良いことだと思っていた。ベストたと思っていた。

 

でも、それは間違いだった

 

気づけたら、

まず真っ先にやるべきこと

 

 

 

 

サルでもわかる

 

 

 

 

 

「ごめんなさい」

って、まず謝る。

 

 

伝わらなくても、受け取ってもらえなくても、なじられても、どんなに門前払いくらっても

まず心から謝るんだ。何度も何度も…!

 

私はワタシに誠実じゃなかった。

不誠実な過去を、なかったことにして、先に進むことばかり考えていた。こんなにお金をかけいいことしてるのに、なぜ現実がよくならないのか、ワタシに対して嫌気がさしていたけど

 

ワタシが私に絶望してたんだ

 

だから、ちっとも現実が変わらない。

なにをしても一定以上の効果が見られない。

イマイチ手応えがない。

挙げ句の果てに病気にさせたんだ。

 

とんちんかんなことばかりする私に気づいてほしくて。

 

 

私はそんなどうしようもない私の行いを間違っていたと受け入れて、ワタシさんに謝り続け、

心を入れ替えるしか道はない。

 

 

小手先の手段は要らない

 

毎日地道に私はワタシと向き合う

 

私はワタシを見捨てない!と決める。伝える。

 

ただそれだけだ。