howa no moco's note

毒親、HSP、引きこもり、女性性ゼロから人生立て直す

毒親カウンセラーへの道!笑

毒母についてここのところ

立て続けに書いたけど。

 

本当にネタは尽きない!

なにせ40年分ネタがあるのだから。

 

ブログ、正直なんとなく始めて、

なんとなく虫の息でも細々続けるか〜くらいで

思ってて

1記事書くのに1日以上かかるくらい詰まるのだが。

 

毒母ネタとなったら

数時間で何記事も書けたというΣ('◉⌓◉’)

 

自分、どんだけ母親大好きなんだよ。

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私も毒親カウンセラーになろうかしら?!

…とか思いだしたところで

早速宇宙のお試しがきたので記録する。

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YouTube毒親について語っているカウンセラーさんがいたので

普通にコメント書いたら、返信ついてたで読んでみたら、妙に上から目線の内容を書かれた。

「あんたに何が分かる〜?」と思って

モヤモヤして返信してしまったけど

 

ハッ!とした。

 

私、毒親語ってるカウンセラーさんに嫉妬してる!( ゚д゚)

ってね。

 

そもそもカウンセラーになる人って

ああいうカウンセラーさん達ってもう毒親問題解決済みだよな。たいてい

昔はそうだったけど、今は本当に大好きで仲よくて!

温泉旅館なんて行っちゃうんです(・∀・)とか平気で言うのよね。

 

昔は全然他人事だったので完全スルーだったのだけど。

今の私、そこに何故か妙に引っかかる。

「自慢かよ(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾」って。

 

そのカウンセラーさんも、温泉旅行とは言わないけど、解決済みだそうで。普通に言ってただけなんだけどね。

 

そんなモヤモヤ嫉妬した状態でコメント書いてしまったものだから

私と同じ「嫉妬」のエネルギーをもった人を引きつけてしまったのだろうなー(T_T)

あぁ、やっちまった(~_~;)

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その絡んだ人も、私と同じように毒親問題で苦しんでるからこそコメントしてきたのだと思う。たぶん、私より少し前の段階の人で。

聞いてないから本当のところはわからんけど。

 

で…嫉妬してるってことは

自分もそうなりたいという願望orそうなれるはずって信じているからなんだって。

ドーン!

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うーん!嘘だ!

そんなん認めたくない(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

 

でもちょっぴり勇気出して

騙し騙し認めてみると

 

「あ、そうかも?そうだ。そうだったか。」

って妙に腑に落ちてくる(´-`)

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私は毒親問題解決済みのカウンセラーに嫉妬している

ということは、私は本当は、母親を未だ愛しているし、和解を望んでいるということになる。

 

 

毒親は所詮毒親だけど…

毒親毒親もまた毒親

私が母親の思考を完コピしているとすると、コピー元の母親も祖父または祖母からかなりやられているはずだ。

そう言われれば、なんとなく母親と祖母が口論してる場面を何度も見た記憶がある。

 

彼女なりに必死で生き抜いてきたし、苦しい思いをしてきたと思う。

だからといって、同じこと自分の子供にしていいのかと思うとそうは思えない。

 

現段階の私は母親を許すとか和解するとかできるタイミングではない。

 

「和解」についての「誤解」

そのカウンセラーさんが最後に言ってたのは、「許している状態」について。

その状態とは、何も手を取り合い仲良く温泉旅行へ行く状態ではないらしく

「許す」とか「許さない」とか「そんなのどーでもYO!」

と思える状態らしい。

あぁ、確かに手放した状態ってそんな感じだよな。「許す=手放し」ってこういうことか。

そう思うと、気分が楽になった。

ああ、嫉妬と同時に、和解を義務化して自分にプレッシャーかけてたし、

カウンセラーさんに「そんな無茶なこと言わないでー!」

「私、解決に向けて進んでるでしょ?!そうだと言って!」って執着してるな、と(爆)

 

 

毒親問題って…

今回の件で「毒親」ってカテゴリーに入る人達の共通パターンはいくつかあるとは思うけど、やっぱその家庭それぞれでみんな微妙に違うんだよな。

 

毒親問題は気持ちの問題。

人の気持ちなんて、本人しかわからないもの。

それならば、解決できるのは当事者だけ。

カウンセラーがどんなに優秀でも、本人の感情を良い方向に導くようサポートすることしかできないし、そのサポートを受け取るのも本人次第だし…って先日シータヒーリングのセッションを受けながら、自分のカウンセリング力の限界を感じてたのを思い出した。

 

自分の毒親の件で思ったけど、

こんなに辛い思いしてるから、楽になりたいって言ってるけど、どこかでその辛さを自ら進んで抱え込もうとしてる部分があって。

一見ネガティブなことでもポジティブな面があるからそれはそれで良い学びになるし。苦しいけどね。

それ引き剥がすのって、なんか違うなって最近思うんだよね。うまく言えないけど。

 

毒親問題記事は確かにスラスラ書き進められるけど、それだけの話だとわかりました。

すんません!

さ、自分に集中しよう!

 

 

今回、私のコメントにコメントしてくれた人、嫉妬の気づきをありがとうございました!

そしてカウンセラーさん、

いつも色々な人の話を聞いてくれて、また知識を余すことなく無料で提供してくれて、ありがとうございます!

良きことがいっぱい起きますように!

そうなりました。

 

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今度こそ・毒母との直接対決④

前回まで3回に分けて

毒親と対決したきたあれこれについて

書いてきた。

 

 

今回はその完結編

私なりに導いた結論である。

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母親との直接対決・結論

①母親と対決するのは無駄

母親は「子は親の言いなりで当然」「私は正しい」という謎の自信を強く持っている。

ただでさえ自己主張が苦手でビビりながら話す私では、今までの癖も出てどうしても言い負かせてしまう。どんな冷静に話をしようとも、あの手この手を使おうとも全て投げ飛ばされてしまう。

話が通じないので全く無意味。毎回「なんでわかってくれないの」と悲しくなる。回数を重ねれば重ねるほど分かってほしいの執着が強くなり、通じ合えないことへの苛立ちと無力感に苛まれるだけなのだ。

心身共に削られるだけ。エネルギーの無駄。

 

毒親の子は毒親

「自分はこうならないようにしよう!」と心に誓い、反面教師で結婚も子どもを持つことも禁止して生きてきたはずなのに…

結局は自分も母親と同じ。自分勝手な理想を母親に押し付けて、意のまま支配しようとしていたのだ。

私の一世一代のつもりで戦ったつもりだったが、はたからみればただの同族嫌悪の痴話喧嘩に過ぎないだろう。

私もまた知らぬ間に毒持ちになっていたのだ。

不本意だし、かなり屈辱だが、それが事実だ。

 

③母親から愛されていなかった

そう。1番ショックだったのは

母親から愛されていなかったということ。

 

対戦するたび「1番いい子で可愛いと思って愛していたのよ!」と言われ続けたし、

学費の高い私立に中学から早々行かせたこと、我が家が財政難になってきても学校に通わせ続けたこともあり、「こんなに無理して通わせてるなら、私は愛されてるに決まってる!酷いことされるけど愛情ゆえ。我慢するんだ。」と心の奥底で信じていたようだ。

(後々聞くと「え?家はお金に困ったことなんかないわよ」とケロッと言われたからまた虚しくなったのだが…)

だから自分勝手なことしか言わない母親に「愛してるなら、なんで私のことわかってくれないの?」「絶対わかってくれるはずなんだ!」と勝手に決め込んで

「わかってくれる」瞬間が訪れるよう勝手に期待していたのだ。

 

また、前から違和感を感じていたのだが、

彼女の話は今の私達家族ではなく、二言目には結婚前の実家の自慢話ばかり。

私を自分の娘時代を投影して勝手に理想の娘像をつくりあげ、過去の美化された思い出の中をふわふわさまよっている状態にしか見えない。

しまいには、学生時代大好きだった男と結ばれなかったけど、夢の中でやっと結ばれたと涙ながらに話をされて冷め冷めした覚えがある。

また、やたら父親(旦那)愚痴不平不満を私にぶちまけたり、兄姉が夜遅くなっても帰らずいると不安だったり心配だったりするとすぐ「どうしよ?なにやってんだろ?」と言われ続けてきたし、

私も成人になってからでも夜遅くまで外出していると2、3秒おきに鬼のように携帯電話に着信入れられたり。着信の多さに恐怖しかなくて、そうされると考えるだけで

友人と遊ぶことすら億劫になったり…

 

親子なら当然と思っていたけど、

小さな子どもには少なからずそういうことしないらしい。

 

私と母親の関係は

子どもの私が母親で、母親が私の子どもという

まさしく親子逆転の関係だったのだ。

 

最近まで気づかなかった。

そういうケースをよくドラマで見たり、毒親ネタで見たりしていたけど

まさか自分のところが?!という感じだ。

 

当たり前過ぎて、当たり前じゃないことが気づけない恐怖よ…

 

 

そして結局…

はい。母親との和解は諦めることにした。

 

母親がまともに話に取り合わないということ、

何よりも、謝られたところで過去にされたことを赦せるほど傷は浅くはないということ。

それが分かったら続ける理由はない。

もはや続ける気力もない。

 

母親にフラれ続けていたという事実を認められた瞬間だった。

 

もうお手上げなのだ。

 

「1番愛している」その言葉をまともに信じてしてしまったがために、必要以上に執着してしまったのかな。

ずっと叶わぬ恋に身を焦がしていたのだ。報われぬ愛をずっと求めていたのだ。

 

いや、うっすらわかっていたのだろう。

でも、認めたくなかった。

 

今まで母親のために生きてきた人生を

自分で全否定することになるから。

自己否定が強いのに、実は否定してなくて、むしろ過信していたのかもしれない。

 

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悪夢から自分を解き放つ

このままで自分の人生終わらせたくない。そう本気で思えた時

ようやく「家を出よう!」と決心がついた。

 

母親を嫌うこと

母親から逃げること

母親ではなく自分の幸せを最優先にして生きること

全部自分がやりたいのならそれでいいのだ。

 

私の人生の主人公は

母親ではなく私なのだから

 

1人の人間として、大人の女性として自立して良い。

自分にそう許可ができた途端、心の中の鍵がガチャっと開いたような気がした。

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これって、普通の人なら高校生くらいでぶち当たる課題なのだろうな…

 

相当今さらだけど

変えられるものなのだろうか…

 

否、周りと比較してしまうとキリがない。

というか、これでは自分の中に自分の成長を妨げようとする母親と同じことを知らぬ間に

自分でやる習慣がついてしまっているということだ。

いたずらに自分を傷つけるのはもう終わり。

 

まずは、母親から離れると決心した。

 

今まで全てに屁っ放り腰だった私にしては

かなり上出来。

  

 

年始に今年の目標としてオラクルカードリーディングを引いたところ

「voyage」のカードが出ていたことを思い出した。

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きっと天も味方してくれることだろう。

「本来の私の人生」に戻るチャレンジすることを、ここに誓う。

 

今度こそ・毒母との直接対決③

前回の続き

 

あんなに、何度も戦っても日を認めなかった母親が突然態度を一変。

素直に謝罪してくる、という出来事が起きたところで、この長い長い過去の自分への弔い合戦を終わらせようと思った。

 

終わらせようとは思ったのは確かなのだが。

 

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収まらぬモヤモヤ

戦い直後はとにかく謝ってもらえて良かったと思っていた。なかなか気持ちが収まらなかったのは、突然の事だったからかな?と思っていた。でも、何故だろう?

時間が経つほどにモヤモヤが増して行く(@_@)

意味が分からなかった。こんなに、10年以上も熱望していた場面を実現できたのに。

長い期間思い続けてたから、和解していない状態に悪戯に執着してしまっているだけなのだろう。無理はない。もう少し時間が経てば落ち着くかな?とあまり取り合わないようにしよう努めたのだが…

 

モヤモヤ的中…

明朝のことだった。トイレに行くため起きたら母親から私宛にメモ書きがリビングのテーブルに置いてあった。

「○○、お願いね(^^)♪」

あぁ…。

嫌な予感がしていたのだ。こういう風になると無意識で予測していたのだ。

 

母親の中でまた私が「お人形状態」に戻っている

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正直、謝罪してきたのも意味不明だったので意思疎通できてるのかな?不安だったのだが。やはり私の意図するような理解はされていない上での謝罪だったのだ。

 

たぶん、母親の中の私のイメージは

「自分に従順な、なんでもいうことを聞いてくれる便利な召使い」

であり、和解した状態とは

再び召使いに戻ってくれたんだ!

という解釈でいるのだと思う。

 

その日1日、ショックで何も出来なかった。

そして、自分の母親への思いを振り返った。

 

今回の戦いで学んだこと

①謝罪されてももう遅い

そうなのだ。私は30年も40年も前のことを根に持ち、謝罪してもらう日をどれだけ待ち望んでいたにも関わらず、いざ言われてみると

そんな昔のこと今更謝られても、遅いというのが結論。

私は今までなんでこのことに気づかなかったのだろう。

過去の私のために弔い合戦してたのに、もはや手遅れだっただなんて…自分の母親そっくりの身勝手さとやるさなさで絶望感しか生まれない。

 

②母親とは会話が成立しない

自分の苦しさを相手に理解してもらい一心で、主張したいことだけ言い合っておしまい。

譲歩しようものなら相手に打ち負かされるという恐怖から、保身に必死過ぎて私の話は完全シャットアウトなのだ。

 

冷静に振り返ると、母親が話を聞いてくれないと同時に、私もまた彼女の主張を聞かずにいたのでそもそも会話は成立しておらず、ただガミガミお互いの言いたいこと言い合い、消耗していただけだったのだ。思い返すだけで虚しい。

 

③自分のことしか考えてない

②と似た感じになるが、そもそも母親は自分の保身しか興味がない。私を思いやるふりをして、自分が有利になるよう会話を操作していたのだ。

だから、最初は私の話題には耳を貸さず「知らぬ存ぜぬ」を通し、隙あらば母親自身の苦労話にすり替えていたのだ。そして勝手に満足して、勝手に「元通りの言うことをよく聞く便利なお人形」に戻されるのだ。

それに気づかずホイホイ同じ土俵に乗って感情的になった私も私だが。

 

ま、私も「謝罪」と「和解」にこだわって母親に押し付けていたので、同じなのか…

 

不甲斐なさとやるせない気持ちでいっぱいだ。

 

④へつづく

 

今度こそ・毒母との直接対決②

前回からの続き

 

「謝罪」のチャンス。それは突然の出来事だった。

 

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運命の最終対決

いつもの、母親の謎の気遣い…

年末年始。その時はやってきた。例年は姉が息子を連れてくるのだがコロナの影響で来れない。兄は休日は外出し通しなので、自動的に私と母親の2人きり状態。

私的には、いつも「年越し蕎麦を茹でる係」と「年始は家族揃っておせち料理を食べる」というイベントはせず、普段通り過ごしたいと思っていた。

しかし、母親は私が蕎麦を「茹でて当たり前」ということ前提で年越し蕎麦を準備をし、

また、「私によかれ」と思って例年スーパーで適当に買う済ますおせちを、今年はよりによってデパートで予約「してやった」と言うのだ。

 

頼んでないし。

蕎麦くらい、自分で茹でろって話。

私はあなた都合の良いロボットじゃないのだ。

 

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普通の母娘ならだったらありがたい話だし、進んで蕎麦も茹でて、2人で水入らずの年末年始を送るものなのだろう。

 

でも、私は「娘にやらせて当たり前」「娘によかれ」と確認もせずに勝手に私の思考を推測したテイで、自分の価値観を押し付けるのは母親の常套手段ではないか!と過剰反応。

特に、母親はスマホを持っておらず。完全アナログ状態。最近スマホ一つで手続きを済ます世の中になっているにも関わらず、自分には使いこなせないの一点張りで、調べ物から店のポイントカードの登録、確定申告まですべて私に当然のように押し付けてくるのにはもうウンザリ。私にやらせて当たり前な態度を取られるのは嫌だと手紙まで書いてお願いしたのに。

「前まではやってくれたじゃない!」と以前の話を持ち出して自分の主張を正当化しようする。

勝手に憶測で「私のためを思って」買ってくる行為。正直私の好みと30°程ズレていて、使いたくなかった。

当初はせっかく「私のため」に買ってきてくれたのだから勿体ないから受け取って使うようにしていた。

だが段々我慢ができなくなってきたので、

度々、もう「自分が使うものは自分で買えるし、好みではないから買わないように」と伝えて了承してもらっている。しかし何故か日にちが経つとしれっと同じ行為を繰り返し、今回もまたしれっと買ったようだ。

 

…という日頃の押し付けが積み重なり、母親の姿を見るたびに、体が硬直し、ビクッとするようになっていた。心身共に母親といることに限界を感じていた。

 

そして、

仕事が無くなったことのストレスもあってか

ひょんなことからまた直接対決が始まった。

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いつものパターンにハマりつつ…

私も悲しいかな母親の思考パターンをコピーしているが、あちらの方が年季が入っている分、一枚上手なのだ。漏れなくいつもの母親ペースに持っていかれた。やはりヒートアップして冷静さを失ってしまう。

今回は隙あらば母親の話に持っていかれるたびに、本題に話を戻すことに努めた。

いつもより話す時間を長引かせて粘ってみた。

いつもより少しだけ冷静に建設的であろうと努めた。でも、やはりいつものパターン。

今回もここまでか…(~_~;)

と思ったところで、そういえばもう私の中では母親との関係改善は限界と感じていたことを思い出す。思い切って言ってみた。

 

「もうこれ以上あなたと話すことはありません。この家から出て行きます。」

募り募った挙げ句の私の中での「滅びの呪文」。

久々に緊張した。無意識でこんなこと言ったらいけないと思っていた。

ずっとこの家を出てはいけないと思っていたし、

出て行く能力が私にはないと思っていた。

 

一瞬沈黙があったが、すかさず

「ああそう。私は構わないわ。ちょっと機械関係困るけど?」

「そもそもあんたお金あるの??」ですって。

(…お金ない…)

グサっときた。現状、今すぐには出て行くことは現実的ではない。

40を越えた娘がやっと一人暮らしすると言い出したのに、祝福したり応援したりするという概念はやはりない…よね、だよね。

自分の保身のために娘が傷つくことを平気で言う態度に心底悲しくなった。

私が脱力したところでまた母親の苦労話が始まり他の家族の愚痴をたらたら言い始めて強制終了になる流れになってきた。

 

粘りに粘ってみたら…

私が長い反抗期をしている間、私には相手にしてもらえないと思った母親は姉とますます交友を持つようになっていて、母親が毎回電話口に私の陰口を叩いていることを知っていた。なのに、私の前で姉のことを「あの人のことはそんなに愛していない。1番愛してるのはあんたなんだよ。分かってよ。」とか平気で言ってきた。

 

これには呆れた。「どんなことがあろうとも、そういうことを続ける限りあなたとの和解はない。仲良くしてる人の陰口を言う人を信用できないし、同じ家族の悪口を言われるのは、私にとって悲しいことだ。」と告げた、その瞬間

いきなり私を抱きしめてきたのだ(´⊙ω⊙`)!!

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なぜか悟り始めるという奇行…

「ごめんねーー!!」

「あんたはやさし過ぎるよ!!繊細なんだよ!!」

「今までわかってあげられなくてごめんね!!」

「私は至らぬ母親だよ!!」

「ごめんねーー!!愛してるよ!!小さい頃にこうして抱き締めてあげれば良かったね!!」

「あんたにしたこと、別に悪気はなかったんだよ!!ごめんね!!」

 「あんたは昔から頭のいいできる子なんだから!!自信持ってね!!」

 

…ど、どうした:(;゙゚'ω゚'):

 

なんかわからんがいきなりめっちゃ謝ってきて、私を何度も強く抱き締めた。

 

何キッカケなのか訳もわからず、でもまぁ、こうやって謝罪してもらうのが反抗期を始めた頃の願望だったので、

なんかわからんが、なんかわからんが、いきなり積年の思いが晴らされることとなった。

 

母親に抱き締められながら…

「ああ、やっとこれで闘いが終わるのかな。なんかよくわからんけど。めっちゃ謝ってるし。言って欲しいこと全部言ってくれてるし。赦すタイミングなのかな…」

「謝ってくれたのだから、もう言い争いはやめよう。なんかわからんけど、こんな私を1番愛してると言ってくれてるのだから」

そう自分の中で結論付けたところで、今回の対決は終わった。

実感が湧かないけど、きっとインナーチャイルドは癒されたはすだ。これできっと仲良くなれるんだ。私も酷いことばかり言ってないで、和解に向けて努力しなければ。

 

母親と久々に和やかに会話をした。

③へつづく

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今度こそ・毒母との直接対決①

前回は禊として自分の半生を振り返ったが

今回はいよいや母親との「直接対決」について。

 

かなり歪んだ思想を持って挑んでいたので、

ツッコミどころ満載なのは自覚している。

この記事を見かけてしまった方はどうかご容赦願いたい。

 

しかし、ある毒親持ちの経験として、参考になれば幸い。

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私は…

いわゆる過保護過干渉タイプの毒母持ち。

母親の望む学校、母親が仲良くしてもいいと思う友達、部活、バイト…

ありとあらゆることに口出しをされたし、

20歳過ぎても、部屋を勝手に掃除され、付き合う異性を根掘り葉掘り尋問し、人の成長にはもれなく冷やかされ、からかわれ…

例を挙げるとキリがないくらい様々な人権侵害を日常的に繰り返されてきた。

 

幼少期から30歳になるくらいまでは、母親のために生きることが私の生まれてきた意味だと思い込もうとしていたが

しかし、それはどうやら本当の私にとっては不本意だったらしく、ある日突然限界がきて母親への憤り恨み憎しみを大爆発した。

 

そこから、10年以上にも渡り毒母との「直接対決」が始まったのだった。

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初戦

父親が病気になり、介護が必要になり始めた頃だろうか。当時、私はちょうど派遣先から切られて無職。母がメインで介護していたが私もオムツを買ったり、父親を起こしたり少しではあるが介護を手伝っていた頃だったと思う。ストレスが溜まっていたのかもしれない。

 

ある日突然、積もり積もった母親への怒りが爆発した。最初は母親に自分の本音を言うなんて、全知全能の神に反する行為のような気がして、涙ながらに言葉を振り絞っていたことを覚えている。

その日はずっと体がガクガク震えていた。

恐怖もあったけど、「よく言った!」と自分を

誉めたいような、嬉しい気持ちが湧き上がったことをよく覚えている。

 

 

対決パターン

それから年に数回対決をした。同居しているためか、他の人よりも頻度高めかもしれない。

頻度高めの割には、何も進展がなかった。

そうなのだ。いつも実りのないパターンで、いたずらに溝を深めるだけで終わってしまうのだ。

 

①基本的に人の話は「違う」と否定。

昔のあれこれを話しても「してない」「覚えてない」「なんでそんなに意地の悪いこと言うの?」の一点張り

 

②自分(母親)の話にすり替えられる。

「私も苦しかったのよ!」と夫への恨みつらみ、母親(祖母)への怒り、私達子育ての苦労などを私にぶつける。お決まり文句は

「あんたは子ども生んだことないからわからないのよ!」

「私だって一生懸命だったのよ」

「私だって苦労したのよ!」

 

③母親が泣きじゃくって強制終了。

散々自己憐憫に付き合わされ、気が済んだところで和解したことにされ、強制終了。

もーー!コレ!毎回!

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判をついたように。どうにか回を重ねるごとに話を進展させようと試みるが、いつもこの流れになってしまう。

 

それでも「今度こそ!今度こそ分かってもらえる!」と信じて私は対決をし続けた。

 

母親に「謝罪」してもらう日、

母親と「和解」できる日を目指して…

 

「和解」には「謝罪」が必須!?

対決するほどに溝が深まるばかり。色々な毒親持ちの体験談をネットで調べると、「仲直りした」というものばかり目につき、「私の母親はなぜわかってくれないのだろう?私の気持ち、分かって!お願い!」とにかく分かってほしくて躍起になった。

 

なぜこんなに「謝罪」と「和解」にこだわっていたのか…

 

「謝罪」は、母親に自分の子育ての駄目さ加減を自覚させたくて。

母親が「私の子育てが間違ってました。ごめんなさい」と非を認め、謝罪してもらえて初めて私の人生が救われる、動き出す、と思っていたからだ。

 

家族と和解=経済的豊かさ

また、以前シータヒーリングのインストラクターから「家族と和解しなければ経済的豊かさはやってこない」と言われたことがあった。

 

派遣社員として働いている私はやはり不安定。

なかなか経済的自立できない。

 

要は

「和解さえすればお金がやってくる。そうすれば、独り立ちできて母親から離れられる」

と思い込んでいたのだ(爆)

 

生半可家を出たとしても

また、姉は早くに家を出たことも深く影響している。姉は普通の子どもらしく、思春期に親に反抗して家を出て行ったが、出たり入ったり。母親と激しく言い争う場面や、私には怒ったことのない父でさえ姉には激しく怒っていた場面をよく見かけた。怒る父の姿を見て、

「あぁ、姉のように家を出てはいけないな」

「家を出ることは家族に迷惑かけることになる」

という思い込みが無意識でできたのだと思う。

 

それからスピを学んでから

実家を出て母親から離れたとしても、その人との問題を解決していなければ同じような人が身代わりで現れ、再体験が起こるという。

だから中途半端に逃げ出さず、解決してから家を出ようと、硬く硬く心に誓っていた。

 

だからこそ、とにかく母親に「謝罪」してもらわなければ…

 

その日を夢見て、たとえ同じパターンで玉砕されようとも戦っていたのだった。

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②へつづく

 

【自分用・禊】毒母との最終対決・の前に私の半生

2021年が始まって1ヶ月過ぎたところだが

私にとって、とてもショックな出来事が2つあった。

 

いや、薄々気づいていたのだ。

あまりにも自分を正面から見つめ直すことが怖くて、見て見ぬふりをしていたのだ。

 

 

2つあるのだが、まずは「母親問題」について。

 

毒親問題について、大人の反抗期を迎えて10年。やっと答えが出た。

 

いよいよターニングポイントを迎えるにあたり

今回は私の人生について書こうと思う。

 

のらりくらり「普通っぽく」「誰かの人生の登場人物の一人」として、また「誰かのため」に生きる「偽りの自分」を本気で卒業するため。

 

これは完全に自分の禊のための記事である。

 

 

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母親について(私の見解)

私はいわゆる「毒親」というカテゴリーに入るタイプの人に育てられた。

過保護過干渉の教育ママ。

私のやることなすこと口を出したり雰囲気で威圧したり、

兄弟や近所の同級生と比較したり、

私の心身の成長をからかい、冷やかし、

自己主張しようものなら、時に怒鳴り喚き、時に物を投げたり殴ったり…

 

それにも関わらず、私は本気で

「母親に怒られないため」

「母親の役に立つため」

に生まれてきたのだと、母親の犠牲になることは、とても誉れなことだと本気で思い込んで生きてきた。

自分らしく生きるより、母のために生きることを生きがいにしなければと思い込んでいた。

 

家庭環境

両親について

うちの家庭はサラリーマンの父親、専業主婦の母親、私の上に兄弟2人。特にお金持ちというわけではないが、金銭的に困るということもなく、衣食住に困ることはなかった。はたから見れば恵まれた家庭に見えただろう。

 

しかし蓋を開けると…

母親と父親は不仲。

2人一緒の時は、必ず母親が父親へ怒鳴り声を浴びせていた。後々母親から父とあれこれあったことは聞いたが。

そのせいなのか、私が中学生になる頃は、仕事の関係もあり、父親は土日も出張でほとんど家にいなかった。母親から父親の酒乱の話、姑問題で母親の味方になってくれなかった話、価値観が違って母親から見ると奇行でしかないなど、その他諸々悪い評判ばかり聞かされていた。私の父親のイメージは、お金を稼いでくれる「ATM」または「肝心なところで頼りにならない変人」というイメージをつけられていた。

 

そんな頼りない父親を夫にもった母親は可哀想。迷惑かけないようにしやきゃ、助けなきゃ!と本気で思っていた。

進路、友達、すべて母親の言動を元に決めていた。

自分の人生を歩むとか、なんと我儘で親不孝なことなのだろうと、本気で信じて疑わなかった。たまに自分の中に起こる違和感は「いけないこと」として蓋をしていた。

 

私について

3人兄弟の末っ子。1番甘やかされて育ったと思う。そのせいか上の兄弟からの当たりがきつく、特に10歳程歳の離れた姉からはかなり冷たくされた。上の兄弟が怒鳴られている地獄絵図を毎日側で見ていた。

幼稚園の時、小学校お受験させたかったらしくや訳もわからぬまま塾通い。私ももれなく怒鳴れるメンバーに入る。あまり積極的な性格ではなく、仲良くない同級生と話したくなく、可愛げがないだの無愛想だの散々言われた。勉強もあまり好きではなかったが、やらざるを得なかったので言われるがままにやった。受験は全滅。

小学校は公立に通うが、中学受験をまた意味もわからないままさせられることになった。

やっと仲良くしてくれる友達ができて、部活を楽しみたかったけど、「受験があるから」という理由だけで、部活を辞めさせられ、友達と遊ぶ時間をすべて勉強に費やすこととなった。

合格しても、あまり喜んでくれなかった。あんなに熱望してたのに「もっと上の偏差値の学校へ行ってもらいたかった」のだとか。。

この時期の寂しさ、悲しさ、心細さ、やるせなさ、無力感、未だに忘れられない。

 

中学生以降

中学は自宅から電車に乗って1時間くらいのエスカレーター式の学校を受験し、入学。

馴染めず、辞めたいと相談した時は「せっかく付属受かったのに、やめるな」「あんたなんか、編入試験受かるはずない」と言われ、諦めた。何事からも逃げるように、とにかく時間よ過ぎてくれと願いながら、心に蓋をして中学、高校、大学まで進んだ。

 

同級生が就職活動を始めた頃、私も漏れなく並んで始めようとしたが、自己分析でつまづいてしまった。逃げることしか考えてなかったので、実績がない!と。私には何もない!何の価値もない!と。大学の就職課へ行くのも怖くなり、そのまま大学を卒業した。卒業後はバイトを始めたが激務に疲れ、数年引きこもった。

 

うちの家族、もしかしておかしい?

引きこもり始めた頃だっただろうか。

とにかく苦しくて、自らに手をかけるにはどんな手段が良いのかを毎日ネットで探していた。しかし行動に移す程の度胸もなく。やがて、「アダルトチルドレン」とか「機能不全家族」という単語にであい、本を読んだ。

「うち、もしかして、これ?」

「機能不全」という単語が、うちの家庭にピッタリである事実が、とても悲しかった。

友達に相談してもよくわからないと言われたし、まあ、母親に怒られなければどうでもいいや、と、違和感に蓋をして、そのことを忘れることにした。

 

 

そのままでいられれば良かったのだが…

その後、派遣社員として働くようになった。私の年齢なら社会人ぽく振る舞わなければいけないよな、母親が恥をかくだろうな、と思ったから。

最初は怖くて怖くて、できないとすぐに辞めた。それから会社都合の退職が続き、もう、何回転職しただろう。今も派遣社員として何度も職場見学へ向かうが、正社員で働いたことがないこと、職が長続きしていないことに大きなコンプレックスを持っている。

それなりに仕事は見つかり、それなりに「社会人ぽい生活」がやっとできるようになった頃、周りの同級生はそろそろ結婚したり子育てしたり、人生のステージが上がっていく。

私はなぜ大学を卒業してから人生が進まないのだろう?30歳を手前にしてやっとその考えに至る。

 

その疑問が浮かんだとき、母親の顔色をうかがって生きてきた自分に違和感と絶望感、それ以上に母親への怒りが込み上げてきた。

ああ、やっぱりウチはおかしかったのか。再び「機能不全家族」という単語を思い出す。

30過ぎてから、長い長い反抗期が始まった。

 

それから派遣社員として働いたり無職になったりを繰り返しつつ、8年前に父親が病気になり、他界。そこから、母親との対決の頻度が高くなった。

やがて以前から心理学に興味があったことを思い出し、仕事が続いてお金ができたときに思い切ってNLPやTA、インナーチャイルドについて学んだ。

TAで自己分析したとき、その時の先生曰く「このタイプは人と付き合ってはいけない」という結果が出て、ようやく初めて「本気で"このままではいけない"」と思った。

 

そして「自己肯定感を上げたい」と思うようになって、ひょんなことからシータヒーリングやスピリチュアルに出会う。

 

自己肯定感上がるよね!?

シータヒーリングは私をたくさん癒してくれた。本当に救われた。そして、たくさんのセミナーを受けた。高額のセミナーも受けた。

派遣社員生活は正直向いてないな、と思っていたので、これをきっかけに足を洗ってヒーラーになる!と意気込んだ。

貯金が底をついたが、元を返せると思い借金をした。

借金してでもセミナー受けたら変われる!好きなことしていれば豊かさがすぐにでも引き寄せられる!すぐに返せるのだ!と思い込んでいたのだ。

でも勿論、受けたからといって豊かさがやってきたわけでもなく、ヒーラーとして生活できるお金を得たわけでもなく、自己肯定感爆上がりしたわけもなく…(爆)

結局、再び派遣社員として働いて完済。

そして

再び職場の激務に耐えられず、現在の無職に至る。

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私の人生・まとめ

この通り、私の人生は何かにつけて人のせい、環境のせい、時代のせいにして、逃げまくっていたのだ。

 

こんな身勝手な考えの元、思いの丈をぶつけられ毒母と言われまくっている母親もたまったものではないだろう。

 

私は母に怒鳴られないように、世間に恥ずかしい人と思われないようにコソコソと「それっぽく」生きてきた。

「子供っぽく」

リア充学生っぽく」

「社会人ぽく」

 

挙げ句の果て、40過ぎたのに未婚で実家住まい、家族に依存して経済的自立もできず、反抗した割には家族に依存する日々なのだ。

確かに、母親は毒親で未熟な親だとも言えるが、すべてそのせいとして逃げてきたのは紛れもない事実。

母親だって兄弟だって、24時間365日ずっと酷い扱いをしたかというと、そういう訳でもない。私を色眼鏡なしに受け入れてくれる同級生も少なからず存在していたのに、自ら逃げていた。

きっかけはどうあれ、今のこの状態を選択しているのはこの私であり、母親の命令でも何でもない。誰に何をいわれようが反論しようがない。

 

恥ずかしいけど、そんな「今」の自分を認め、その責任を取り、母親のせいにすることをやめ、家族から自立して、ちゃんとやり直すと決めた。

 

これを認めるのに、何十年かかったことか。

 

その決定的なきっかけは母親との直接対決だったのだが、それは次の記事で書く。

 

 

もし、ここまで読んだ人がいたのなら…

なんと奇特な方なのだろうか!

どうしたということだろうか!

感謝でいっぱいだ!

 

リンクで飛ばしてきた人も。わざわざボタンを押して飛んでくれたのだ。なんと奇特な!

 

ありがとうございます。

 

そんなあなたに

良きことが雪崩のように訪れますように!

そうなりました(о´∀`о)

よろしければ受け取りますと宣言してください。

 

無条件の愛と祝福のエネルギーを送ります。

 

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湯シャンで得た奇跡の変化

実は、年末から「湯シャン」を始めている。

 

一般的な効果に加えて極めて個人的ではあるが

意外な効果があらわれたので書き残しつつ

経過を追って記事にしていく予定。

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       ーcontentsー

そもそも「湯シャン」とは?

「湯シャン」とは、シャンプーを使わず、お湯だけで髪を洗うというもの。

有名な芸能人やら海外セレブが実践しているとか。

 

主な効果は?

・抜け毛予防

・白髪防止

・頭皮のかゆみ、乾燥の改善

・頭皮本来のバリア機能回復

 

シャンプーの危険性

洗浄成分が強いため洗い過ぎの状態になり、頭皮トラブルの元になるという。

また、以前通っていた美容室が、市販のシャンプーの危険性(経皮毒)について警鐘を鳴らしていたので、以前から気になっていた。

 

経皮毒とは?

シャンプー、合成洗剤、化粧品、歯磨き粉、生理用品、食品に含まれる合成界面活性剤、防腐剤、香料等有害な化学物質が皮膚から体内へ吸収されること。

肌荒れ、アトピー、ガン、アレルギー、赤ちゃんの奇形、婦人科系の病気、精子の減少、精神病、等々、様々な病気を引き起こす原因となるとされている。

 

皮膚からどれだけ吸収される?

図を描いてみた。こんな感じらしい。

陰嚢42倍って…頭皮どころの騒ぎではない。

そして、肌から吸収されたものは、10日で10%しか排出されないという。

(口から入る食品添加物は24時間で93%、48時間で98%)

 

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行きつけだった美容室曰く…

よく売られている市販のシャンプーは、

有害物質が使用されており、それが皮膚から吸収され、人体に悪影響を及ぼし、結果抜け毛やら白髪やら頭皮のかゆみやらトラブルを引き起こすのだとか。

そこらへんに売ってるシャンプーは台所用洗剤と変わらないとか、産婦人科の人が出産する時シャンプーのにおいがして、お母さんがどこのシャンプー使ってるかわかる、とか…

 

思わず恐っ!と思ってしまうようなものばかり

 

参考:オーガニック&ナチュラル通販ショップビオフロレスタ

経皮毒の浄化方法 -マクロビオティックライフ講座第8回 |オーガニック食品通販ビオフロレスタ

かたや、今時そんな有害な界面活性剤使ってるはずないわい!と反論している意見もあったりして。

こちらは経皮毒否定派の方のサイトの一つ↓

まだ経皮毒とか信じているのですか? | 天然100%ヘナ【ハナヘナ】で頭皮に優しく白髪染め 本場インドで追求し年間1500人をヘナ染めするスペシャリストがいる美容室ACELAB

 

賛否両論。

もはや「信じるか信じないかはあなた次第」の世界。

 

…で、なぜやろうと?

ちなみに今回やってみようと思ったのは、芸能人がやってるからでも、経皮毒をどうにかしたいからという崇高なものでもなく

最近増えてきた白髪と、ここ数年急に冬場になると頭皮の乾燥してフケが舞うという老化現象が気になってきたこと、無職なので

シャンプー代をどうにか浮かせたい(泣)から。

冬で汗をかきにくくにおいも気になりにくいだろう。チャンスは今٩( 'ω' )و

 

今回は年末〜今日まで約20日間までの記録。

3ヶ月は続けてみる予定。

 

とりあえず我流で!

やり方は以前調べた時、ルールがいくつかあったと記憶しているが…

とにかく続けることを目的とするので

まずは

・40度くらいのお湯で

・指の腹でよくよくマッサージするように

・シャンプーしたかったらいつでもして良い

・自然乾燥(ショートヘアの特権?)

というゆるゆる我流ルールでチャレンジ。

 

初日〜7日目

12/28から開始したが、早速12/29と大晦日と元旦、気分的にどうしても洗いたかったので洗髪。

あまり外出しなかったからか、においは特に気にならなかった。

シャンプー使わないからか、頭皮に適度な油分を残せたからか、かゆみも出ずいい感じ。

 

年が明けて、散歩に出かけるようになった。

まあまあ汗をかくけど、そんな日でも湯シャンを貫く。

先日の散歩では見かけなかったオオイヌノフグリの花(^^)

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ppopy.hatenablog.com

 

汗をかくとさすがに頭皮がベタベタ(特に頭頂部)してくる。

そんな時はお湯の温度を高くし、念入りに洗ってスッキリ。

 

10日過ぎて…

しかし、10日目過ぎたあたりだっただろうか。

どうも頭が臭う気が。

頭皮はそこまでベタベタしていないのだけど。脂っぽい臭いが顔にまとわりつくような。

 

 

確か、高温で洗うと頭皮を余計に流してしまいシャンプーしたのとさほど変わらないとか、

どこかの誰かが言ってたような…

それが原因かな…

気になりだすと止まらない(;´д`)

 

なにより、モチベーション下がり始めた。

これでは元も子もない!

すぐさま湯シャン経験者のブログ等を閲覧してやり方を確認。

 

正しい湯シャンのやり方

そんなこんなで順番がおかしなことになったが

まとめるとだいたいこんな感じ。

・洗髪前は必ずブラッシング。マッサージ効果、これで汚れの7〜8割は落ちる。

※外出したのにブラッシングしないでそのまま洗っても汚れは落ちないとか。

 

・お湯は34度〜35度。高温は皮脂を落とし過ぎて頭皮の乾燥に繋がる。

 

・丁寧にお湯を頭に当てながら、爪を立てず指の腹でやさしく。

 

・時間は3〜5分。洗い過ぎは余計に皮脂を落とし過ぎて頭皮の乾燥に繋がる。

 

・自然乾燥NG

Σ(゚д゚lll)

うーん…独自ルールが過ぎたようだ(汗)

許せ、私の頭皮ちゃん…

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シャンプーするより楽だと思って始めたのに、湯シャン道…奥深い。

しかしこの際ちゃんとやってみよう。できる範囲で…

 

潔くブラシ購入

基本、髪に関しては特に無頓着。髪を梳かす意味がよくわからなくて、長らくブラシは使っていなかった。でもせっかくなので良さげなやつを買う。

そして、お湯の温度も今の寒いので35度はハードル高いけど…38〜40度までならokという人もいたので、あまり細かいことは気にせず、なるべくぬるめで洗うようにしてみた。

するとなのか、慣れてきたからなのかは謎だが臭いが気にならなくなったし

事前にブラッシングすることで汚れを落としているので、あまり必死にゴシゴシすることがなくなくなったためか、抜け毛が減ったのが目に見えて分かった。

 

き、奇跡…!

そしてなにより…

ブラッシングがとても気持ち良い!!

お手頃価格でマッサージ効果のある毛先が丸いやつなのだが

こんなに気持ちの良いものだとは(о´∀`о)

(回し者ではない)

 

木製なので手入れが少し手間?と思い、

100均のナイロン?のマッサージしてくれそうなブラシも買ったが痛くて痛くて(><)

 

実は私、数年前から美容室へ通うのをやめて適当に自分で切っている。

特に技術もないのでショートだから1ヶ月くらいでもっさりしてきて結構面倒で。

だったら美容室行けよ!とは思うけど、行ったらおそらく美容師に失笑されるか怒られる2択に決まってる。何も言わずに黙って切ってくれれば行くのだが…

話逸れたが、そんな我流ガタガタショートでさえ愛おしく感じるのだから不思議なものだ。

なんだこれは…!

 

生まれて初めてかも〜(;▽;)

 

この歳になって初めて味わった髪への愛おしさ。そして…

女子スイッチが刺激された〜!?

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そうです。

「タイトルの湯シャンで得た奇跡の変化」とは

女子スイッチが発動したことだったのだ…!

しかし、どうすれば。

慣れなさ過ぎて落ち着かない。

でもワクワク!

 

鏡に映る自慢の黒髪にうっとりしながら髪を梳かす女子…目指してみるか〜?

 

初日〜20日目くらいのまとめ

気を取り直して。

今のところ身体的な面では

・頭皮の潤いアップ

・抜け毛減少

の2つ効果が表れだしている。

白髪に関してはまだ効果はあらわれていない。

毒を排出するにも時間がかかるらしいので、

気長に続けよう。

 

しかし、精神面での変化が何よりも嬉しい。

ふと、こんな言葉を思い出した。

心が変われば行動が変わる

行動変えると習慣が変わる

 

ふむふむ。まさにそれ実感しておるところ。

この続きなんだっけ?調べると…

 

習慣が変われば人格が変わる

人格が変われば運命が変わる

(by ウィリアム・ジェームズ)

 

マジかーー!

頑張ろうー!